沢沿いの岸壁に生えた苔や草花・・・沢沿いには、岩や岸壁、倒木、巨木の根元などに多種多様な苔が生えている。星型のちょっとオモシロイ苔に注目。湿った苔には、多種多様な草花が生え、共生の美を形づくる(北海道日高)。
屹立する急斜面の源流部は、伏流となっている場合が多い。そうした場所の末端は、音をたてて清冽な源流水が湧き出している。湧水の飛沫を一杯に浴びている岩や岩礫には、一面分厚い苔と湿地を好む草花が生え、見る者を圧倒する。瑞々しい苔の群落は、いつも太古の自然美を感じさせてくれる。
秋田フキの原産地
標高1000mを超える八幡平・玉川源流部には、巨大なアキタフキの群落がある。フキが大きいだけに、釣り人が岩魚に気づかれないように隠れる格好の草花だ。秋田名物の秋田フキは、秋田市仁井田地区で栽培され、6月頃には2mにも達する。この秋田フキの元祖が、玉川源流部と北秋田の長木沢産だと言われている。
釣り上げた岩魚に、ダイモンジソウの若葉を添える。
日本海側のブナ林=チシマザサ-ブナ林
写真は白神山地稜線のブナ林・・・林床にはチシマザサが繁茂し遡行者をいつも苦しめる。日本のブナ林は、林床が笹類に覆われているのが特徴で、ヨーロッパのブナ林とは大きく異なる。日本海側のブナ林は、チシマザサ-ブナ林、太平洋側ではスズタケ-ブナ林と呼んでいる。ブナの北限は、北海道渡島半島の黒松低地帯。狩場山(1520m)は、ブナ林の最北の山と言われている。
野生動物たちの貴重な食料・ブナの実
ブナの実・・・ブナの木は、毎年実をつけるわけではなく、豊作は3年あるいは6年に1度と言われている。ブナの実は、ツキノワグマやニホンザル、ムササビ、リス、ネズミ、ヤマネなどブナの森に棲む野生動物たちにとって欠かすことのできない貴重な食料だ。特に、ツキノワグマは、ブナの実を腹一杯に食べて脂肪を蓄え、冬眠に備える。殻の中には、三角形の茶色の実が二つ、向かい合って入っている。これは、とても栄養があり、人間が食べても美味い。
秋の渓谷を彩るダイモンジソウ
ダイモンジソウ・・・渓流釣りでは定番の山野草。清冽な秋の渓谷に彩りを添えるダイモンジソウは、まもなく渓流釣りのフィナーレを告げる花でもある。同じ山野草の中でも、年中清冽な飛沫とマイナスイオンを一杯に浴びているだけに、何とも幸せな山野草だと思う。
初夏、深いブナの原生林に包まれた源流・・・苔生す大石には、瑞々しいダイモンジソウの若葉が群生している。ダイモンジソウは、シーズンを通して清冽な源流を象徴する草花だ。
初夏から夏にかけて、光沢のある瑞々しい若葉は、清冽な飛瀑と併せて涼感を誘う。
ダイモンジソウの花のアップ・・・花の形が「大」の字に見えるのがお分かりだろうか。マクロ撮影で近付くと、背後の緑のボケに白い花が際立ち美しい。
北海道日高のダイモンジソウ・・・撮影は8月中旬。東北と違って真夏に花が咲き、葉も花も著しく小さい。
エゾクロクモソウ・・・渓流沿いの湿り気の多い斜面などに群生し、葉がダイモンジソウやフキユキノシタに似ている。よく見ると、葉が丸くノコギリ歯があり、切れ込みが小さい。
美しい猛毒・トリカブト
かつてアイヌの人たちが、トリカブトの根からとった毒を矢につけて、ヒグマを捕ったというほど猛毒。雪国では「ブスシドケ」と呼ばれているが、「ブス」とは毒のことである。
その他沢沿いで見かける草花
エゾシオガマ・・・亜高山帯~高山帯に生える多年草。黄白色の花をつける。葉は、三角状被針形で特徴的な形をしている。。
ママコナ・・・紅紫色の大きな花を片側穂状につける。葉は対生し、長楕円形で先がとがる。種子を米粒に見立て、飯子菜(ままこな)の名がついた。
シロバナクモマニガナ?・・・図鑑で見ると花の形はそっくりなのだが、葉の形が違う。クモマニガナとすれば、葉の形が似ているが、花の色が黄色で違う。ニガナ類であることは間違いないと思うが、この種は中間型が多く見られ、識別するのが難しいという。山渓カラー名鑑「日本の高山植物」によれば「今後詳細な分類学的再検討が必要と思われる」と記載されていた。
雨上がりの朝、サルノコシカケに乗って戯れるナメクジ・・・こうした光景に出くわすと、何となく幸せをもらったような感じになる。岩魚が遊ぶ源流は、ちょっと周囲に目を向けるだけで、不思議な魅力に満ちていることがわかるだろう。
豊穣の森・フィナーレを飾る黄葉
ブナの峰走り・・・秋が深まるにつれて、ブナの森は峰から色づき次第に谷へと黄葉してゆく。これを「ブナの峰走り」と呼んでいる。森では、ツタウルシ、ムシカリが一足先に紅葉し、やがてブナの黄葉が加わると全山燃えるような黄金色となる。特にブナの黄葉の中では、カエデやツタウルシの鮮やかな紅色がひときわ目に眩しい。
山里に初霜が降り、秋も深まれば、ブナの森は黄葉から褐色へと変化してゆく。林床には、ブナの実が一面に落下し、迫り来る冬に備えて、野生動物たちの貴重な餌となる。何層にも堆積した落ち葉は、ミミズ、トビムシ、ササラダニなどの土壌生物やさまざまな菌糸によって分解され腐葉土へと変化、森をつくる大切な養分となる。新緑から黄葉、そして晩秋になるとブナの森は生き生きとした色彩を一気に失い、長い冬に突入する。
番外編:秋から初冬・・・岩魚の恋の季節
黄金色に輝く秋の源流・・・訪問者に驚き、小さな小枝に隠れたつもりの岩魚。余りの可笑しさにシャッターを押したが、見事にブレてしまった。しかし、釣り人なら、スレていない無垢なる源流岩魚であることがお分かりいただけるだろう。
黄葉したブナが渓に降り注ぐ頃、岩魚は小沢に遡上し産卵する。岩魚の恋の季節は、秋から初冬まで続く。
岩魚の産卵は、一定の行動パターンに従って行われるという。まず、産卵間近のメスが産卵適地を選ぶ。そのメスを巡ってオス同士の争いが起きる。この争いは、相手に傷を負わせるほど激しいものだ。オスが子孫を残すには、ケンカに勝つか、受精の瞬間に割り込むしかない。産卵直後に見せるメスの「舞い」は、岩魚属特有の動作で、ほかのサケ科魚類では見られない独特のものだという。その「舞い」は、産んだ卵の真上で30分も頭を上流に向け、蛇のようにくねりながら左右に動く動作を繰り返す。まさに「神秘の美魚」にふさわしい「舞い」であると思う。
他のサケ科魚類に見られない「舞い」をなぜ岩魚だけやるのだろうか。卵を他の外敵から守るという意味では、全く不利な行動とも言える。この不可解な行動は、他の魚種がいない上流域で産卵するため、外敵から攻撃される危険が少ないことは明らか。つまり、他の魚種がひしめく雑踏を避け、他の魚種と競争を避けて、深山幽谷にこもった仙人のような魚だからこそ、悠長な「舞い」は消えることなく続いてきたように思う。それは、何故か日常の雑踏を避け、深山幽谷に魅入られた渓師たちが、深山幽谷の美魚・岩魚を追うことに一生を捧げるほどの魅力を感じる謎が潜んでいるようにも思う。
最後の楽園・ブナの森の源流
岩魚を追い続けていると、そこは、決まってブナの原生林に覆われた深山幽谷の世界・・・岩魚だけでなく、清冽な水に溢れ、四季折々、瑞々しい山菜・キノコがブナの腐葉土や風倒木から顔を出し、美しく可憐な山野草たちが切れることなく咲き乱れる。岩魚の世界は、人間にとっても生きるための生活必需品、第一に美しき水、第二に山の恵み・食料、第三に感性・心を豊かにする山野草や四季折々に変化する多様な景観・渓谷美・・・そこは野生動物だけでなく、人間にとっても、最後の楽園あるいは桃源郷のような世界だとも言えるだろう。
テレビ会社の人が渋谷の若い人に、あなたにとって生活必需品は何かと質問したら、第一にお金、第二に携帯電話、第三にテレビだったという。しかし、一度原始的な世界に迷い込めば、何一つ役に立たないことに気づくだろう。だからこそ、人間は、そんな岩魚が遊ぶ原始境に一旦足を踏み入れてしまうと、岩魚と同じく、不可解な「心の舞い」をしたくなる衝動が少なからずおきる。人間は危険や苦労を厭わず、なぜ山に登るのか、なぜ未知の源流をめざすのか、その答えが隠されているように思う。
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